2007年05月04日

G児童たちの衝撃そして・・・英才教育なのか

児童たちは、コンクール制度の持つ、非情な側面を知った。
努力賞バッジを勲章よろしく胸に下げる人はうらやましい。ねたましい。
なにしろ、年間10賞なのだから、大きい。 
二つ付けるのは相当な差別になる。
一つでも付けるならそれでも、自慢にはなる。
だが、1年の継続繰り返しの中で起きた結果だ。同級生には、事情がわかる。
長らくこのブログの続きを書けなかった私は、そのあたりの気風が、どういうものだったか書く自信がなかった。
私は賞者のほうだった。
私自身は、欠点の目立つ存在だった。
えらそうに見えただろう。
最高学年の最高点として朝礼表彰は私が一番回数が多かった。
確かに、落ちこぼれていった同級生がいた。
反対に、少し学習していたら、思いがけずに、入賞して大喜びして、それ以後変わっていった同級生も知っている。自信を持ったのだ。
単純な事実を掲げる。
われわれの小学校同学年は4クラス計240余名であった。
ほとんどが所定学区の市立中学へ進んで3年のちの高校進学時、地元の超一番手高校へ進学したのは
10名であった。
その10名の小学校6年の内訳が次のようにわかる。
       ♂  ♀   計
6年1組  3   0   3
6年2組  2   1   3
6年3組  3   1   4
6年4組  0   0   0
合計    8   2  10
ここで、ギョッとなさろう。
なんで4組は0なのかと。
私は3組だった。4組の担任の先生を十分には知らない。
この数字を知ったときいささか不思議にも思った。
考えてのち、やはり起きるべきことが、起きていたのだと、考えるようになった。
4組はゼロ名だったのだから担任の先生を、ゼロ先生と呼ぼう。
(以下次回) 
ラベル:学力テスト
posted by 教え子 at 19:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 客観記事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス: [必須入力]

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。