努力賞バッジを勲章よろしく胸に下げる人はうらやましい。ねたましい。
なにしろ、年間10賞なのだから、大きい。
二つ付けるのは相当な差別になる。
一つでも付けるならそれでも、自慢にはなる。
だが、1年の継続繰り返しの中で起きた結果だ。同級生には、事情がわかる。
長らくこのブログの続きを書けなかった私は、そのあたりの気風が、どういうものだったか書く自信がなかった。
私は賞者のほうだった。
私自身は、欠点の目立つ存在だった。
えらそうに見えただろう。
最高学年の最高点として朝礼表彰は私が一番回数が多かった。
確かに、落ちこぼれていった同級生がいた。
反対に、少し学習していたら、思いがけずに、入賞して大喜びして、それ以後変わっていった同級生も知っている。自信を持ったのだ。
単純な事実を掲げる。
われわれの小学校同学年は4クラス計240余名であった。
ほとんどが所定学区の市立中学へ進んで3年のちの高校進学時、地元の超一番手高校へ進学したのは
10名であった。
その10名の小学校6年の内訳が次のようにわかる。
♂ ♀ 計
6年1組 3 0 3
6年2組 2 1 3
6年3組 3 1 4
6年4組 0 0 0
合計 8 2 10
ここで、ギョッとなさろう。
なんで4組は0なのかと。
私は3組だった。4組の担任の先生を十分には知らない。
この数字を知ったときいささか不思議にも思った。
考えてのち、やはり起きるべきことが、起きていたのだと、考えるようになった。
4組はゼロ名だったのだから担任の先生を、ゼロ先生と呼ぼう。
(以下次回)
ラベル:学力テスト


